現代ロシアの軍事戦略 / 小泉悠
この お勧め本紹介を通じて本を読むことの楽しさや色々な価値観を知り、成長に繋がることを紹介したいと思っています。
今回はロシアによるウクライナ侵略が始まってから、テレビでよく見かける小泉悠氏が、侵略前に書かれた現代ロシアの軍事戦略です。
元々ロシアの戦車に憧れ、軍事戦略にのめり込んでいったとネットで語る小泉氏の本書は専門的な知識を持たない方に分かりやすくロシアの現状を解説されています。
ロシアの軍事に関する基礎的事項
まずはじめに現在のロシアの軍事に関する基礎的事項がまとめられています。
ロシア軍(正式名称ロシア連邦軍)の兵力は2021年現在、定数101万3628人、実勢90万人程度と言われてます。
18~27歳の男子国民の義務で勤務期間12カ月の徴兵は25万人程度、残りは職業軍人として定年まで勤務する将校約21万人、期間勤務する契約軍人約が40万人程度です。
地方の貧困世帯では、職業軍人の給料は高く生活の為に職業軍人となる若者も多いと言います。
ロシア軍の組織は、陸軍(SV)・海軍(VMF)・航空宇宙軍(VKS)の三軍種に加えて、独立兵科の空挺部隊(VDV)、戦略ロケット部隊(RVSN)などから成り立っています。
『ロシア連邦軍事ドクトリン』に定められた国防上の目的にロシア軍を適合させるための作戦準備、戦闘準備、心理的準備、動員準備の4つの要素で構成されています。
失われたクリミア
今回のウクライナ侵攻ほど多くの時間が割かれてクリミアの併合に関して報道されていたわけでなく、西側諸国によるロシアへの経済制裁程度しか認識がありませんでした。
クリミア併合は、2014年、ウクライナ領のクリミア半島が突如独立を宣言し、「クリミア共和国」樹立を宣言しました。
そして翌日、自ら望む形でロシアに併合されます。
当然ながらウクライナはこの独立・併合に異議を唱え、国際社会もロシアを強くバッシングしますが、現在にいたるまでロシアが実効支配を続けています。
本書ではその背景について、ロシアにとって、NATO未加盟の国々の中立をいかに保つかが、安全保障上特に重要だった書かれています。
具体的にはアルメニアやベラルーシ、グルジア、ウクライナなど6カ国が緩衝地帯として重要です。
NATO加盟阻止がグルジア戦争以降のロシアの基本方針であり、2013~14年にウクライナで起きた事態はこれに則って発生しました。
危機前のウクライナは、ロシア側とEU側、どちらの経済圏につくかをめぐり、国民的な議論が盛んに起こっていました。
ロシアによる圧力で当時のヤヌコーヴィチ政権がEUとの交渉からの離脱を決めると、EU支持派の国民らが猛反発し、首都キエフのマイダン広場ではデモ隊と治安部隊の衝突が発生しました。
2014年に衝突は激しさを増し、大統領がキエフを脱出するという「マイダン革命」に至ります。
そこでロシアは直接介入に乗り出し、2月27日、公式の宣戦布告がないまま、軍特殊作戦部隊がウクライナ領クリミア半島内の議会やマスコミ、空港などを占拠し始めました。
さらにロシアは、現地の親露派住民を扇動して自治政府の解散、ロシアへの併合を求める住民運動などを行います。
強行された住民投票の結果、約9割の賛成票でクリミア半島の独立とロシア併合が可決されました。
今回の侵略前にロシアへの編入を求めるウクライナ東部の分離独立派が実効支配する「ドネツク人民共和国」および「ルガンスク人民共和国」を国家として承認する大統領令に署名したことと同様の事が8年前にも行われていました。
2014年に3月16日九州の7割ほどの面積と300万人以上が住む半島が、わずか3週間で失われました。
巧みな戦術とハイブリッド戦争
クリミア併合に際し、ロシアはウクライナ兵に対し、上官を装い「ロシア軍が攻めてくるので俺は逃げる」といった動揺させるメッセージを送るなどの「電磁波作戦」を行いました。
多様な工作により攻め入りましたが、重要な役割はロシアの正規軍が果たしました。
クリミアに入った特殊部隊は少人数、軽装備の部隊で、単独では長期戦に向かず、キエフが無政府状態に陥って混乱しているすきにウクライナ周辺で多数の部隊を動かし、クリミアに送り込みました。
こうしてロシアは港や空港を急襲・封鎖し、「無血」でクリミア半島に足場を築いたのです。
このような事態に西側諸国は、国家が暴力を用いて戦う「古い戦争」に対し、多様な主体と方法を混在(ハイブリッド)させて戦う「ハイブリッド戦争」という新しい戦争形態をロシアが編み出したと考えられました。
非線形の「永続戦争」
今のロシアにおいては、非軍事的手段による戦争が現実に起きているという認識がかなり定着しています。
2003年グルジアの「バラ革命」や2004年ウクライナの「オレンジ革命」など旧ソ連での一連の革命(カラー革命)、そして2014年のウクライナ政変は、敵対的な政権を打倒するために西側が仕掛けた「非線形戦争」だと流布されています。
プーチン大統領は演説で、ウクライナにおける一連の事態の背景に「政治家や権力者を支援する外国の支援者たち」が存在し、裏で糸を引いていたと述べています。
ソ連時代の軍事理論は、戦争の原因を搾取階級と被搾取階級の対立に帰し、搾取階級が存在する限り完全な平和はあり得ないという考え方でした。
そうした流れをくむ現在のロシアは、共産主義に基づく国家ではありませんが、西側とは異質の政治体制であり、西側から(非軍事的な)攻撃を受け続けているとの認識が今も根強くあります。
まとめ
『サクッとわかる ビジネス教養 地政学』でも紹介されていた「ランドパワー」と「シーパワー」という概念の「ランドパワー」の国については私たち日本人は理解しにくい部分です。
「ランドパワー」とはユーラシア大陸にある大国を意味します。ロシア、中国、ドイツ、フランスなど陸上戦力に強みを持つ国です。
一方の「シーパワー」は、イギリス、日本といった海洋国家に加え、大きな島国と考えられるアメリカのことを指します。
歴史的に大きな国際紛争は、常にこのランドパワーとシーパワーのせめぎ合いのなかで起きているという考え方です。
ロシアのような大きな土地を有した国は、多くの国と国境を面していて、その脅威は島国日本には想像できません。
他国からの侵略を恐れ、またNATOのように西側から(非軍事的な)攻撃を受け続けているとの認識が根強くあります。
だからといって今回の侵略が容認されるものではありませんが、侵略前の現代ロシアの軍事戦略を知る上参考になる一冊でした。
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