SDGs ウクライナ軍事侵攻、真価問われるESG投資

2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻に伴い、今後ESG投資について様々な意見が取り上げれています。

多くの軍事専門家がウクライナ侵攻までは予想しなかった事が現実的におこった今、今後の企業と投資家のESGへの取り組みに、大きな影響を与えるのは間違いありません。

海外の報道や有識者の発言なども引用しながら、今後の考えれる影響を紹介します。

全ては化石燃料に起因する

3月1日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書の共著者であるウクライナ出身の気候学者スビトラーナ・クラコフスカ氏は、

「人類によって引きこされた気候変動と、ウクライナにおける侵攻の原因は、同じルーツ、つまり化石燃料だ。そして、人類が化石燃料に依存することに起因している」と現地シェルターから発信した。

この理由はシンプルだ。ロシアがウクライナへの軍事侵攻に使う費用の原資の一部は、同国が化石燃料を輸出することによって得られた収益によるものだからだ。

現在、ロシアの年間のGDPの約4割が石油・天然ガスを含む炭化水素資源によるものだという。

増加する異常気象の原因としてだけではなく、戦争を起こし、一般市民を負傷させるような化石燃料関連ビジネスに対して、これまでと同じ商習慣どおりでよいのか、という企業や金融機関への問いかけは、もはや気候変動問題は人道問題、人権問題と隣り合わせになりつつあることを意味している。

日経ESG 抜粋

ロシア産ガスへの依存から欧州のエネルギー転換が加速する可能性

ロシアのウクライナ侵攻は、多くの観点から非常に憂うべき事態です。

何よりもまず、広がっている人道的危機および紛争に巻き込まれた人々の安否が懸念されます。

また、紛争の開始と激化は地政学的緊張を高め、投資家が目先および長期的な影響を評価しようと努めるなかで、世界の金融市場を混乱させました。

コモディティ価格が世界的に高騰するとともに、社会や個人への影響に関する懸念が高まっており、欧州や世界における環境・社会・ガバナンス(ESG)面での影響は広範囲に及ぶ可能性があります。

T.RowePrice 記事参照

加速する欧州の再生可能エネルギーへの転換

危機の進展状況およびESG面の全体的な影響を引き続き評価するなかで、現在の紛争が特に欧州におけるエネルギー転換を加速させる可能性が明らかになってきました。

各国のエネルギー供給体制の安定度は、世界エネルギー会議の世界エネルギー・トリレンマ1指標により定義された、相反することが多い3つの重要な基準の均衡に左右されます。

同指標は、各国のエネルギー供給体制の成果を年次で測定しています2

これらの基準には以下が含まれます。

  1. エネルギーの供給安定性:システムショックへの耐性、現在および将来のエネルギー供給の安定性を測定します。
  2. エネルギーの公平性:豊富なエネルギーへのアクセスを手頃な価格で安定して万人に提供する能力を評価します。
  3. 環境的持続可能性:大気質および脱炭素化に加えて、エネルギーの生成、伝送および配給の生産性と効率性に焦点を当てます。

世界エネルギー会議が強調しているように、このエネルギーのトリレンマの競合する需要を管理し、均衡させることが、世界中の国にとって重要な課題です。欧州はエネルギーの供給安定性と公平性を重視するあまり、再生可能エネルギーへの転換が遅れました。

ロシア産エネルギーへの依存は、再生可能エネルギーに対するコスト面の優位性から、これまでは重要な問題として取り上げられていませんでした。

しかしながら、ロシアがウクライナ侵攻を決めたことで状況は変わり、「エネルギーのトリレンマ」に内在する緊張は緩和される可能性があり、欧州が手頃かつ国内で生産される再生可能エネルギーを通じて持続可能性の課題に取り組みやすくなっています。

T.RowePrice 記事参照

ロシアは世界全体の原油生産量の12%、天然ガス生産量の18%を生産しています3

地理的な近さから、EUのロシア産原油・ガスへの依存度は他の地域を遥かに上回ります。

2020年の数値を見ると、ロシアの原油輸出の50%以上、天然ガス輸出の約85%が欧州向けでした4

T.RowePrice 記事参照

EUにおける原子力再興の機運

欧州における再生エネルギーへの転換は加速されることは間違いないと思います。

ただし安定したエネルギー供給に関しては、ロシアの天然ガスや石油依存からすぐに再生エネルギーに向えるわけでもなく他国からの輸入や原子力の活用など多方面での戦略が必要です。

日本においても石油・天然ガス等の輸入コストが増大する中、以前からこのブログでもお伝えしている通り、再生エネルギーへの移行期は原子力発電所の稼働の議論を進める必要があるように思います。

欧州における原子力の状況:加盟国の約半数が「原子力国」

欧州委員会の統計部局であるEurostatによると、2020年末時点でEU域内(離脱した英国除く)では、加盟27カ国中13カ国が原子力発電を行い、106基の原子炉で域内の発電電力量の25%を供給した。

原子力は、37.5%を占める再エネと共に、欧州の脱炭素電源の一角を担っているというのが現状である。

既存原子力国13カ国のうち9カ国では原子炉が建設中、あるいは計画や提案がなされている。

計画なしとなっているスウェーデンについても具体の計画はないものの、政府はリプレースを容認しており、原子炉新設は可能である。

ドイツ(2022年全炉閉鎖)、ベルギー(原則2025年までに閉鎖)とスペイン(2035年までに全炉閉鎖)の3カ国は脱原子力の方針である[※1] 。

既存炉については、多くの炉が40年等を超える長期運転を行っており、脱原子力国であるスペインでも、費用対効果の高い地球温暖化対策として、一部原子炉を40年超運転する方針である。

なお「原則」2025年閉鎖としてきたベルギーは、2022年3月18日に、このところの地政学的状況(ロシアによるウクライナ侵攻)を踏まえ、エネルギー自立確保の観点から、運転中の全7基のうち2基の運転を10年延長する方針を決定した。

すなわち、脱原子力の完了時期を2035年へと後ろ倒しする意向である。

加えてポーランドが原子力発電の新規導入計画を進めており、いずれはEU圏の東側を原子力国が固める格好となる。

電気事業連合会 記事抜粋

ESG投資の是非に関して

ロシアのウクライナ侵攻を受けてESG投資に否定的な意見と肯定的な意見について紹介します。

否定的な意見

  • 民主主義国家が暴君に立ち向かうには、核抑止力が必要であることが突然明らかになった。
  • ノルドストリーム・パイプラインの容量を倍増させようとしていたドイツにとって、石炭は突然メニューに戻ることになった。
  • 一部の投資家が環境、社会、ガバナンス指標への準拠に狂信的に取り組んできたことが、逆効果になった。
  • 政府によってなされるべき決定が、運動からの外圧に基づいてファンドマネジャーによってなされるため、場合によっては、民主主義の信条を損ない始めていることさえある。

(Sunday Times [London, England], 2022)の「プーチンのウクライナに対する戦争は、ESG運動の馬鹿さ加減を明らかにした」(原題:Putin’s war on Ukraine exposes the folly of the ESG movement)

  • ウクライナ戦争はESGの事例を破綻させた今までESGの観点から敬遠されてきた防衛産業や化石燃料関連産業に投資する必要が生じたことである。(ブラックロックの元サステナブル投資担当のタリク・ファンシー)

戦争直前には世界のサステナブルファンドの14%がロシアの資産を保有していたという試算からも、ESGの概念に疑問を抱く意見もあります。

積極的に評価する意見

  • 今回の危機は投資家がESGリスクを真剣に受け止めるための新たな警鐘となる(Bradford, 2022)。

「(ESGのうち)気候に関するリスクは、ここ数年で投資家の関心が高まり、特に欧州での規制強化を受けて、より重視されるようになった。

今こそバランスをとることが必要だ。

世界経済はかなりの期間、化石燃料に依存するようになる」

「短期的には従来型の燃料に対するプラグマティズム(現実主義)を迫られる。

欧州連合(EU)は液化天然ガス(LNG)の利用を拡大しなければならないし、原子力発電所の延命もできる。

石炭火力の長期稼働を検討するかもしれない。

あきらかにESGのアジェンダ(実施計画)に反する」

「エネルギーは1年単位でみても最もパフォーマンスの高い業種だ。

過去数年間はテクノロジーやヘルスケアが最高の成績をみせていた。

こうした企業は温暖化ガスの排出量が非常に少ない傾向にある。

結果的にESGに配慮した運用がうまく機能してきたが、今は環境が変わった」

日経新聞 ティー・ロウ・プライス・グループのロバート・シャープス最高経営責任者(CEO)談話

「ESGは一過性のものではなく、基本的な投資プロセスの重要な一部であると考えている。

ESGの取り組みは、企業統治や社会的課題から、気候変動など環境問題へと進化してきた。

すべてを総合的に考慮する必要がある。

短期的にはESGに配慮していない分野に勢いがあり、まさに人々の信念が試されている」

日経新聞 ティー・ロウ・プライス・グループのロバート・シャープス最高経営責任者(CEO)談話

ロシア・ウクライナ情勢によって地政学リスクが高まっています。

マクロで見ればインフレ傾向が強まり、それを回避するために金利を上げていくステージにあります。

これまで10~20年ほど続いてきた金融緩和局面からの転換という意味では、アセットアロケーションには変化があります。

これはつまり、上場株式や債券、グリーンボンド、グリーンアセット、不動産など、その組み合わせについて影響を与えている可能性があり得るということです。

片や、ESG投資そのものへの関心については、日本だけでなく欧州の投資家も含めて中長期的なものですし、投資家がアセットアロケーションの中でターゲットにしている、例えば5~10%というふうにはなっていません。

それは、ESG投資は新しい分野であり、戦略的にゼロから引き上げていく局面だからです。つまり、こちらに関しては、何ら変化はありません。

むしろ、日米という大国がESG投資に関して足並みを揃える形になりましたので、一層スピード感を増して、市場が伸びているということです。

ダイヤモンドオンライン 抜粋 首藤正浩・アクサ・インベストメント・マネージャーズ社長 談

まとめ

ロシアのウクライナ侵攻から1か月が過ぎても停戦協議は一向に進んでいません。

長期化するウクライナ情勢について以下はウエリントン・マネージメント・ジャパン・ピーティーイー・リミテッドのESGリサーチディレクター・キャロライナ・サン・マーティンさんの「ウクライナ情勢はESGの観点をどう変えるか」の抜粋です。

気候とエネルギー政策

  • 気候変動問題での国際協調は短期的に弱まるでしょう。ただし、エネルギー政策を国家安全保障上の課題とみなす政府が増えるにつれ、低炭素エネルギーへの転換を支援する地域政策が加速するかもしれません。
  • エネルギー価格が上昇し続けた場合、短期的には気候政策の消費者への影響や、脱炭素社会への「公正な移行(ジャスト・トランジション)」の関心が高まるとみられます。
  • 政府は石油やガスに代わる短期的な選択肢を迫られているため、原子力発電所の稼働を延長する可能性があります。
  • 企業は石油とガスへの依存度を下げるために、脱炭素への移行を加速させる可能性があります。
  • ウエリントンのESGリサーチ・チームでは、投資対象企業とのエンゲージメントを通し、経営陣がどのように温暖化ガス排出量削減計画を実行に移していくのか把握していく方針です。
  • ロシアのウクライナ侵攻による長期的な脱炭素目標への波及効果はまだわかりませんが、短中期的には特に欧州で目標の足かせになると予想されます。

サイバーセキュリティー

  • 金融、資本財、運輸、テクノロジー、電気通信、ヘルスケアなど多くのセクターで、企業で機密情報やシステムを守る体制整備が一層重視されていくと見ています。
  • 大規模な多国籍企業にとってサイバーリスクの管理は特に重要になるでしょう。

ロシア市場

ウクライナ情勢が混迷する中、ロシアのソブリン債のESG評価が注目されています。特にS(社会)の要素には、発行体の「社会的な操業許可」も評価の一部になります。

ロシアは国際社会から事業活動を行う許可を失いつつあります。

こうした評価が、ロシアの発行体企業にも影響を与えると予想しています。

セクター別の影響

防衛

  • 足元の情勢を踏まえ、ESGの観点から防衛産業への見方が短期的に中立的、あるいはポジティブに見直しされる可能性があります。
  • 長期的には、欧州連合(EU)の規制当局が社会的事業を分類する「ソーシャル・タクソノミー」の定義のトーンを変更する可能性があります。「重大な損害をもたらさない」という原則がどのように変化していくかは不明ですが、投資家と規制当局の双方がESGの観点から防衛産業を再評価し始めれば、格付け見直しの可能性も否めません。

金融

  • 非人道的兵器(核兵器や生物・化学兵器など)の資金調達はより厳格な監視対象になるでしょう。

保険会社はサイバー保険の対象や契約を再評価する可能性があります。

消費者

  • ウクライナ情勢の混迷により、輸送コストや原価の上昇で持続的なインフレ圧力の可能性が高まっています。

小麦をはじめ農産物の需給のひっ迫が続けば、食料価格の上昇が予想されます。

テクノロジー

  • 企業が特に戦争に関する誤った情報をどう対処するかは、今後一層重要になっていくでしょう。
  • 対ロシアの決済網排除による短期的な企業収益への影響は比較的小さいと予想されます。政府からの継続的な要請に企業が今後どう対応していくかが注目されます。
  • 半導体分野では、ネオン、パラジウム、プラチナなど希少資源をロシアやウクライナに依存しており、軍事侵攻が長期化すれば生産コスト上昇圧力につながる可能性があります。

工業・運輸

  • 欧州では、天然ガスの不足を受け来冬の暖房に使用する一般家庭への供給を優先し、産業向けは一部断続的に停止する可能性があります。
  • 運輸や海運はすでにウクライナ危機の影響を受け始めています。紛争地を回避するために距離の長い輸送ルートに変更する必要があり、特に航空会社の温暖化ガス排出量とコストを増加させています。
  • 世界の大手海運会社の中には、ロシアの港への医薬品や食料以外の輸送を停止したところもあります。
  • 原油・天然ガスの価格上昇が続くと、電気自動車(EV)、電池、再生可能エネルギーの普及ペースが加速すると予想されます。一方、継続的なサプライチェーンの混乱および・または原価上昇が続くと、普及ペースが減速する可能性もあります。

不動産

  • 欧州企業は、新規建設に伴う光熱費や建設資材の価格上昇に直面するでしょう。
  • これらのコストが家計や消費者嗜好にどう影響するかは不透明ではあるものの、ESGの観点では特に米国で家賃規制が見直しされた場合は、低価格帯の住宅の追い風になると見込まれます。
  • 再生可能エネルギーの比率が高い企業は、短期的にアウトパフォームする可能性がありますが、長期的な見通しとしては不透明感が増すと予想されます。

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