SDGs 目標16. 平和と公正をすべての人に

SDGsには17の大きな目標があり、それぞれに平均10個ずつくらい同じようなターゲットが存在し、合計で169個あるので169のターゲットと言われています。

17の目標と169のターゲットについて子供にも理解しやすいようにまとめて、ぞれのターゲットについて考えていきたいと思います。

目次

平和と公正をすべての人に

正式な目標の和訳は「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」です。

全ての国の合意形成で目標を示す為に、国家間の紛争や武力行使を盛り込む事が出来なかった事情もあります。

その様な事情もあり、SDGs目標16は紛争以外のあらゆる暴力や犯罪の根絶、加えて誰もが司法を利用できる状態を目指しています。

目標16のターゲット

16-1 あらゆる場所において、すべての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる。

16-2 子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する。

16-3 国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する。

16-4 2030年までに、違法な資金及び武器の取引を大幅に減少させ、奪われた財産の回復及び返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する。

16-5 あらゆる形態の汚職や贈賄を大幅に減少させる。

16-6 あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。

16-7 あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する。

16-8 グローバル・ガバナンス機関への開発途上国の参加を拡大・強化する。

16-9 2030年までに、すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する。

16-10 国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。

世界の現状と課題

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「平和と公正をすべての人に」、この目標を達成するためには現状の世界に存在する様々な問題を、どのように解決していけばいいでしょうか。

紛争や暴力

SDGsの目標に具体的な、目標を明記出来ていませんが、今なお世界の様々な地域では激しい紛争と暴力という負の連鎖が起きています。

紛争による死者の数は、2012 年には10万人あたり6人の割合でしたが、2014年には5人へと若干減少しました。

この数値は先進国と途上国との間で大きな差があり、途上国では先進国の2倍にもなっているのです。

そして、紛争や災害の影響を受ける地域に暮らすと推定される子どもの数は約5億3,500万人ほどいると言われています(2016年時点)

(出典:日本ユニセフ 公式サイト)
(出典:国際開発センター公式サイト)

 2020年現在も続いている紛争を外務省公式サイトから抜粋します。

アフガニスタン紛争

アフガニスタンは紛争が1978年から断続的に続いています。

アメリカの同時多発テロで世界的に知られているビン=ラディンなどが関わっているのがアフガニスタン紛争です。

アフガニスタン紛争に至った経緯

南アジアと中央アジアの狭間に位置する多民族国家アフガニスタンは、1979年末のソ連軍侵攻以来、今日に至るまで混乱状態の中にあります。

現在も大量の難民(周辺国合計で約260万人)が発生している他、テロ、麻薬の問題など、周辺国や国際社会全体に影響を及ぼしかねない懸念事項が未解決のまま残されています。

アフガニスタンの人々は国内では食糧不足、自然災害による被災に見舞われており、民生は著しく低いレベルにあります。

このような困難に加えて、ソ連軍侵攻時代から現在に至るまで対人地雷が全国的に使用されており、復興のためには内戦の終結の努力とともに、これらの処理を進めなければなりません。

アフガニスタン紛争の始まりとなったのは、1978年当時の政権であるアフガニスタン人民民主党に対する武力蜂起といわれています。

そして政権に対する武力抵抗が国中に広がり、人民民主党が当時のソビエトに軍事介入を要請しました。

ソビエトの介入に対立するように抵抗勢力に対するアメリカの支援があるなど、アフガニスタン紛争を介した当時の強国の間接的な対立も存在しました。

その後、国連によるソビエト軍の撤退についての決議があり、1989年にソビエト軍はアフガニスタンから撤退しています。

ソビエト軍が撤退した後も、ソビエトによるアフガニスタン人民民主党への援助は続き、その事に対抗する抵抗勢力にアメリカが援助し、長期化します。

その後はアメリカ軍が集団的自衛権の行為を行使し、アフガニスタン紛争はアフガニスタン戦争へと変わっていきました。

現在は戦争こそ一応の終結をみていますが、断続的な武力衝突は続いています。

(出典:外務省公式サイト「アフガニスタンの現状と問題」)
(出典:外務省公式サイト「アフガニスタン・イスラム共和国基礎データ」)
(出典:外務省公式サイト「アフガニスタン紛争のダイナミズム」,2018)

シリア内戦

シリアではアサド大統領による独裁政権が40年にも渡って続いていました。

政府に対し国民の不満が溜まっており、2011年に起こった大衆による抗議運動「アラブの春」を受け、民主化運動への契機が高まっていきます。

アラブの春」とは,2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動のことです。

政権から虐げられていたスンニ派を中心とした抗議運動はシリア全土に広がり、シーア派を主とするアサド政権政府軍とスンニ派を主とする反政府軍との間で内戦へと発展しました。

反政府軍は近隣国から支援を受け武装蜂起を行い、「自由シリア軍」を結成しました。両者の対立は激化していきます。

ここにイスラム国が勢力を拡大する目的で介入し、アサド政権政府軍、反政府軍、イスラム国という三つ巴の戦いとなり、内戦を泥沼化することとなりました。

やがてイスラム国は崩壊し、再び政府軍と反政府軍の戦いの形になりますが、同時に政府軍を支持するロシアと反政府軍を支持するアメリカとの対立構図へとシフトしてしまったのです。

(出典:外務省公式サイト「わかる!国際情勢」)

クルド対トルコ紛争

クルド対トルコ紛争は、トルコ政府とクルド人の武力衝突です。
対立の根底にあるのは、トルコ人とクルド人それぞれの政治思想や民族のあり方などの考えの違いがあります。

クルド人は「国を持たない民族」とも呼ばれており、トルコではクルド人の問題が内政上の課題となっています。


2016年にはクルド労働者党(PKK)による自爆テロ事件などが起こり、トルコ治安当局はPKKに対する掃討作戦を行いました。

イラク北部のクルディスタン地域内に2020年6月14日以降、トルコ軍はPKK関連拠点へ軍事行動を行いました。

(出典:外務省「トルコ共和国(Republic of Turkey)基礎データ」,2019)
(出典:外務省「イラク:トルコ軍によるイラク国内のPKK拠点空爆」,2020)

リビア内戦

リビア内戦は2011年に起こった当時のカダフィ政権に対するデモをきっかけとなりました。

リビア内戦の問題は、民主的な手法で選ばれた「トリポリ政府(西部)」と国際的に認知された「トブルク政府(東部)」という形で、部族社会に根ざす複数の政府勢力があります。

これらの政治勢力に加え、国連を中心とした仲介努力により実現した国民統一政府の賛成力が併存する状況が続いています。

2018年8月にはトリポリで民兵による武力衝突により、市民が死傷者として出たとされています。

(出典:外務省公式サイト「地球儀を俯瞰する外交-中東と北アフリカ-」,2019)

イエメン内戦

イエメン内戦は2015年に起こり、現在に至るまで続いているものです。

2011年2月、「アラブの春」の煽りを受けて反政府デモが発生し、それに端を発する形でイエメンの国内に混乱が生じました。

その混乱の中、33年間にわたり国を支配してきたサーレハ大統領(当時)が辞任し、ハーディ新大統領が政権移行プロセスに取り組みました。

しかし反政府武装勢力のホーシー派がイエメンの首都サヌアを占拠し、ハーディ大統領は首都を追われイエメン南部のアデンやサウジアラビアに退避しました。

ハーディ大統領からの要請により、2015年3月にアラブ連合軍がイエメンへの軍事介入を開始したことで内戦状態が続いています。

アラブ連合軍はホデイダ奪還作戦を開始します。

ホデイダ市はイエメン国内有数の港を有するため、戦闘が継続し物資供給の停滞し「世界最悪の人道危機」と言われるほど危険な状況が続いています。

2020年時点でもイエメンの人々は何らかの人道支援を必要としているとされています。

(出典:外務省公式サイト「日本と国連-日本の外交政策と国連の重要性」,2019)

子どもへの虐待・搾取・暴力

紛争地域では同時に経済も破綻していることが多く、その結果子どもを持つ親たちの所得は子どもたちを育てるのに十分なものではありません。

無力であり選択肢を持たない子どもたちは、生きていくための選択肢も非常に限られています。

生活のため、身を守っていくために武装グループに所属しなければならなかったり、自分の身を売って収入を得る必要があったりします。

武装グループでは暴力行為、虐待行為が日常的に行われていて、また危険な仕事もたくさん行わなければなりません。

スパイとして別のグループに潜入したり、ドラッグなどの危険物の運び屋としての仕事をこなさなければなかったりします。

特にまだ年齢的に未成熟である女性の妊娠、児童婚など女性の身体に大きな負担をかける深刻な問題も日常的に行われており、一刻も早い問題解決が求められています。

(出典:日本ユニセフ 公式サイト)
(出典:国際開発センター公式サイト)

私たちにできること

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SDGsの目標16「平和と公正をすべての人に」を実現するには、世界各国の国家、企業の力だけでなく、一人ひとりの結束も必要です。

日本におけるSDGsの目標達成のための活動も近年活発になってきており、個人ができることも増えてきています。

それでは私たちがSDGsの目標のためにどういうことができるのか、見ていきましょう。

難民支援・子どもの保護活動の応援

現在、世界中の紛争地域で多くの子どもたちが命と健康の危機にさらされています。

そして、そのような現状を変えるために世界中では様々な支援活動が行われています。

日本でも支援活動がいくつも行われているので、その活動に参加するのも良いですし、また活動参加はしなくとも寄付によって問題の解決のための支援を行うことが可能です。

かものはしプロジェクト

沢山ある支援活動の中のプロジェクトを紹介します。かものはしプロジェクトをご存知でしょうか。

学生数人が世界の現状を知り立ち上げたプロジェクトです。自ら現地に行って支援できなくても寄付とう形で支援できるプロジェクトは沢山あります。

支援に関する寄附については、税制上の優遇処置を受けることもできます。

世界には、だまされて売春宿に売られ、無理やり働かされてしまう子どもたちがいます。
子どもたちは、暴力や恐怖で支配され、逃げることもできません。
「どんな子どもも、売られるなんてことがあってはいけない」「そんな子どもたちを守りたい」
かものはしは、そんな想いで、この問題に真正面から取り組んでいます。

 かものはしプロジェクトHP抜粋

積極的に政治に関わる

世界の情勢を変えるためには、やはり積極的に政治のことを知り、選挙をはじめとする政治活動に関わることで自分たちの民意を反映させ、より良い世の中に変えていくことが重要となってきます。

そして良い世の中になる為に活動されている政治家の情報を拡散していくこともひとつの方法と思います。

現状を周りの人に伝える

世界の現状を学び、そして多くの人にその現状を示し理解してもらうことで、個人で行うよりも何倍も大きな支援活動につなげることが可能となります。


まずは自分で問題に対しての理解を深め、SNSや周囲の人に情報を発信することで問題を広めてみることで状況が変化することもあるうに思います。

1枚の写真が招いた騒動

上記の写真は写真は、スーダンで取られた写真です。その後この写真はニューヨーク・タイムズ紙に掲載され、あっというまに世界中で有名になり、アフリカの悲惨を象徴する写真として、人々の心をとらえました。

この写真がきっかけで、アフリカの飢餓の状態に社会が目を向ける機会となりましたが、その後、過酷な状況にある幼い少女を助けずに、写真を撮ることを選んだと非難する声が起こりました。

この写真は1994年のピュリツァー賞を受賞しましたが、そのた3カ月後、写真家は自殺してしまうという悲劇が起こりました。

この写真の撮影場所は、食糧配給所で撮影した女の子の親は配給の列に並んでいて、写真家も2、3枚撮影してから、ハゲワシを追い払っていたことが事実です。

映像の強烈な印象が社会を動かすこともあります。

現在16歳~24歳のZ世代は、生粋のデジタルネイティブ世代です。

彼らZ世代はミレニアル世代(現在25歳~34歳)に比べて、更に社会問題について仲間と意見交換する傾向が強いことがわかっています。

この世代の発信力の影響は日々増していて、SDGsの目標達成について存在感を増していくことに期待したいと思っています。

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