紹介本 『第五の権力』

第五の権力  / エリック・シュミット , ジャレッド・コーエン 

今回紹介する本は「第五の権力」は2014年出版(日本)の少し前の本ですが、インターネット社会の未来を描く本としては、現在ウクライナ・ロシアで起こっていることも他の予測本とは違う「リアリティ」があります。

2014年当時高度情報社会の最強企業、グーグルのエリック・シュミット会長がみずから書いた本は今でも役立つ解説書です。

国家から個人へ権力の分散

2013年当時10年後の未来2025年は「世界80億人がデジタルで繋がる世界」と予測し、私たちの暮らし、国家、革命、戦争はどうなるのかの可能性を解説しています。

現実世界の法律に縛られないオンラインの世界で、今も何十億という人が毎分毎分膨大なデジタルコンテンツを生み出し、消費しています。

インターネットを通して、人々は自由に表現を行い、自由に情報をやりとりする新しい力を手に入れました。

本書では、この情報通信技術の普及が及ぼす最も重大な変化は、国家や機関に集中していた権力が分散して、個人の手に渡ることと紹介し、人々がデジタル技術を通じて、第五の権力を得た。と表現しています。

新しい情報技術が開発されることで、国王や、教会・エリート層等など一部の権力者しか知り得ないかった情報を手にすることができ、従来の権力者が力を奪われ、人々が力を手に入れていきます。

デジタル技術がもたらす明暗

インターネット空間を「とてつもない善を生み出すとともに、おぞましい悪をもはらんでいる」存在と捉えることもできます。

多くの事例で語られるインターネット空間の善悪は活用方法で暗部も多くある現実に触れています。

出版された当時記憶に新しい「アラブの春」は,2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動はSNSの力が独裁国家を覆る原動力にもなっています。

ひとつの作用が起こるとその事が望ましくない権力の反作用が起こります。

既存の権力を握る「国家」と新たな権力を手にした個人のとの関係も国家の有り方で大きく変化していきます。

いずれにしても国家の野望それ自体は今後も変わらない。 変わるのは、その野望をどのように実現するかという考え方だ。

本書 抜粋

本書で事例として、インターネット空間に繋がる事で個人は、権力者に対して贈収賄や汚職に関する情報を拡散したり、選挙違反を報告したり、政府の責任を追及するような力を手にします。

しかし国家は、自国内のインターネット設備に対しては、莫大な力を有している現実もあります。

民主主義国家においてインターネット空間はある程度制約なしに情報に触れることができますが、中国やロシアが代表する専制主義国家では、国家に情報は統制され、プロパガンダに利用される懸念もあります。

現在のロシアによるウクライナ進行においてもロシア国内では多くの情報が遮断されています。

送電塔、ルータ、スイッチといった、コネクティビティに必要な「物理的インフラ」への支配力を通して、インターネットデータの出入り口と経由地点を、国家がコントロールしているのだ(中略)

民衆が、コネクティビティを通してアクセスできるようになったもの(情報やデータなど)から力を得ているのに対し、国家はゲートキーパー(門番)としての立場から力を得ている。

本書 抜粋

本書での予想によれば、未来の政府は多少の批判に目をつぶり、インターネットを通じた不満の発散を許容する可能性を示しています。

ただしその国家の有り方で情報検閲等個人が手に出来る情報を制約することは簡単に行えます。

国家による情報検閲

3つのフィルタリングモデル

本書では国家によるフィルタリングモデルを次の3つの類型にまとめていました。

「露骨型」

例えば中国がこれにあたります。

中国は検閲ツール「金盾」や「グレート・ファイアウォール」を擁し、中国のインターネットは「中国の国家的地位を守る番人にほかならない」と記しています。

「及び腰型」

ネットの自由を求める国民の声に応えつつ、検閲方針の実態は知らせないタイプです。

本書では、例えばトルコなどを紹介し、民主主義は発展途上で強力な国家機関が存在する国や、安定した支持基盤をもたないが一方的な決定を下せる集中的な権力をもつ国が、このタイプです。

「政治的・文化的容認型」

法律に基づき、限定的・選択的フィルタリングのみを行うタイプで、韓国、ドイツ、マレーシアなど、さまざまな国に採用されています。

国家は検閲を隠さず、背後の意図を伏せず国民の大多数の合意をもって、安全性や公共の利益のために行うフィルタリングです。

本書によれば、インターネットの普及が遅れた国では、インターネットが完全に普及するより前に方針が決定する現実もあります。

数ある政治体制の中で、民主主義は独裁や専制政治などに比べると、最もましとして第2次世界大戦後、植民地から解放された国を含め多くの国が民主主義のシステムを取り入れました。

特に冷戦崩壊後は、ソ連を中核とする共産主義、社会主義に対して、西側諸国が標榜した民主主義と自由市場経済が勝ち残り、政治の主流になったと思われていました。

ところが近年、現実の世界は逆転しています。

2019年、スウェーデンの調査機関VーDemは、世界の民主主義国・地域が87カ国であるのに対し、非民主主義国は92カ国となり、18年ぶりに非民主主義国が多数派になったという報告を発表した。

その後も民主主義が勢いを盛り返してはいないばかりか、権威主義国家の台頭ぶりが目立っています。

バイデン政権誕生後の現在、民主主義の対抗軸としての専制主義(absolutism)や権威主義(authoritarianism)など価値観をめぐる対立は激化しています。

米政府は、ウイグルの人権問題や香港・台湾を巡る情勢への懸念表明、ウクライナへのロシア進行に力による現状変更の試みへの断固とした反対など、単なる通商政策上の対立から、自由・民主主義・法に基づく支配など「普遍的な価値観を巡る対立」へと激化しています。

アメリカを中心とした自由主義経済体制が揺らぎ、コロナ禍によって民主主義よりも権威主義、資本主義よりも社会主義との空気も生まれてきています。

専制主義の国家にとって自由でオープンなインターネットを自ら率先して推進しようなどという政府はまずありません。

ネット検閲の厳しい国トップ10

2016年のfossBytesに11月22日(米国時間)に掲載された記事によると以下の国がネット検閲の厳しい国です。

ここにロシアは掲載されていませんが、ウクライナ進行後のSNS遮断などインターネット鎖国を突き進めています。

ネット検閲の厳しい国は専制主義国家です。

  1. 中国 (88)
  2. シリア (87)
  3. イラン (87)
  4. エチオピア (83)
  5. ウズベキスタン (79)
  6. キューバ (79)
  7. ベトナム (76)
  8. サウジアラビア (72)
  9. バーレーン (71)
  10. パキスタン (69)

ネット検閲が緩い国

  1. エストニア (6)
  2. アイスランド (6)
  3. カナダ (16)
  4. 米国 (18)
  5. ドイツ (19)
  6. オーストラリア (21)
  7. 日本 (22)
  8. 英国 (23)
  9. フランス (25)
  10. ジョージア (25)

マイノリティ集団に対する隔離政策

インターネット技術を用いた国家による権力行使の一例として挙げられるのが、マイノリティへの攻撃です。

本書は10年既に中国政府が行う「少数民族ウイグル族にこのような抑圧を加える可能性は十分ある」とし、検閲を行うことを述べています。

中国の主流民族の若い世代はマイノリティ集団の存在や行われている弾圧を知らずに育ちます。

オリンピック前の中国の前の副首相から性的関係を迫られたことをSNS上で告白したとされる、女子テニスの彭帥選手の記事を中国の多くの国民は知る術がありません。

マイノリティ集団を対象とした電子的隔離政策は、今後あたりまえになるだろう。 国家はそれを行う意思をもち、それを可能にするデータへのアクセス権をもっている。

本書 抜粋

インターネットは分断され、仮想多国間主義が興る

「国家対国民」の関係では国家が優位に立ち、「国家対国家」の関係においても今まさに起こっていいる分断についても10年以上前に予測通りとなっています。

国家がインターネットを使って自国の支配を強めるとき、他国との競合関係が生まれ、インターネットの分断を招くかもしれない。

おそらく10年先には、各国が「インターネットを使うかどうか」ではなく、「どのバージョンのインターネットを使うか」が、最も重要な問題になるだろう。

政府がフィルタリングなどによってインターネットを規制すれば、グローバルであるべきインターネットが、「国ごとのネットワークの寄せ集め」と化す、という懸念が生じる。

そうなれば、やがてワールドワイド(世界規模の)ウェブは砕け散り、「ロシアのインターネット」や「アメリカのインターネット」などが乱立するようになるだろう。

こうした一連の変化は、当初ユーザーにはほとんど感じられないが、時間とともに蓄積していき、やがてインターネットをつくり替えるだろうという説もある。

本書 抜粋

ウェブの共同編集と仮想多国間主義

国家間の関係では、イデオロギー的・政治的な連帯意識をもとに、国家や企業が正式な同盟を結び協力する「仮想多国間主義」も予想しています。

安全保障をきっかけとした同盟の可能性も現実的です。

本書では例えば、どこかの独裁政権が監視国家の構築に成功すれば、その「成果」を必ずほかに伝授しようとする可能性を記しています。

例えばベラルーシやエリトリア、ジンバブエ、北朝鮮など、専制主義(absolutism)や権威主義の国にとっては、共通の検閲、監視戦略をもち、技術を共有する可能性はあります。

まとめ

グーグル首脳が政治社会や安全保障への影響をここまで丹念に予測し分析していた内容は現在実際に起こっていることが多くあります。

ここで語られていないこともあります。

現在膨大な個人情報を集めるグーグルを初めとしたGAFAMによるプライバシー保護に関して課題となっています。

EU(※)では、EU域内の個人データ保護を規定する法として、1995年から現在に至るまで適用されている「EUデータ保護指令(Data Protection Directive 95)」に代わり、2016年4月に制定された「GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)」が2018年5月25日に施行さています。

ビッグデータ独占の弊害への対抗処置と考えらています。

Web3Web3.0)という、これまで情報を独占してきた GAFAM や巨大企業に対して、テクノロジーを活用して分散管理することで情報の主権を民主的なものにしようという概念も進んでいくと思われます。

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